「今週の一言(いちげん)」第20話中小企業が欲しい人材と銀行
「ウ〜ン、、、。なにせ大手都市銀行出身者だからね。上の責任を下がかぶるのが当然という世界観でしょう、無理がきちゃうんだよね。」
ノグチの事務所で子会社の事業計画打ち合わせの約束をした社長さんから連絡が入りました。
「ちょっと忙しくなっちゃったんだ、財務部長のTさん入院したんでね。」
「えっ、いつですか?」
「急なんだよ。病院に行く予定の日に緊急入院とはね。ともかく携帯を取り上げないと。
案件の電話が集中治療室につながるのは困るよ。」
財務部長のTさんは、大手都市銀行出身です。
10年ほど前に、この大手都市銀行の窓口に融資の話を聞きに出向いた社長さんは、柔らかな笑顔と穏やかな語り口調で、話をまとめていくTさんに目を付けました。
押したり引いたり営業が得意な社長ですが、銀行の融資担当者との話は別です。
普段の営業では、露骨な単価の競り合いや、まけてよと直接的な言葉がつかえます。
しかし、銀行の融資担当者との会話は、「イイ」と言っているのか、「ワルイ」といわれているのか 明確に理解できません。
社長さんからは、基準が見えないのに、融資が決まったりダメになったりする、
「そこを一つ、、。」で金利が下がったり、何でそうなるか考えるのも面倒です。
そんな折に出会ったのが、Tさんでした。
Tさんを口説いて、会社に入ってもらってからは、大口の取引や営業打ち合わせ、官公庁への訪問など社長が重要だと思う席には必ずTさんも同席していました。
都内の超有名大学卒で大手都市銀行出身、立ち居振る舞いも洗練されていますし、大手相手に臆する事がない、しかも社長を持ち上げある術も自然でした。
交渉の席には万全の人材。
Tさんが入社してから5年間、資金は社長が望むままに整い、売上は伸びました。
ただ、頼んだ書類はなかなか出来上がってはこない。
忙しいのだからしょうがない、と社長は自分にいい聞かせる事が増えてきました。
背中越しに、経理部の女の子から、またT部長の下請けだわ、と文句が聞こえます。
当然です。
業務の時間はすべて交渉時間、来客面談時間、打ち合わせ時間と、人と話をしている時間ばかりで、書類を作り企画検討する時間が無いのです。
T部長が、自分の時間になったと机の前に座れるのは夜の8時。
T部帳は、日中うち合わせや人の話を聞いて、夕刻から社内うち合わせ、その後書類をまとめるという大手都市銀行では普通の仕事の仕方が、身についていました。
大手都市銀行は、上司のそばでメモをとり、書類を作り、報告をまとめて、いかにも上司が書類を造ったように振る舞う優秀な部下が次々と入行する組織です。
大手都市銀行の職員は、エリートであれば、ほぼ2年で転勤。
新たな支店に配属されても、朝8時には支店に到着しているのが当たり前。
その中で仕事をこなしていけるのは、仕組みの歯車に収まっていく人材です。
優秀な銀行員と話をすると、そつなく巧みに目の前の人たちの中で一番力を持っている人を選び出し、同調し、自社の一番商品を当てはめられるかどうか判断している事に気づきます。
その後の資料作成は、本部で企画したパッケージに当てはめて行きます。
パッケージに想定された特徴を持っている人が、彼らの間違いないお客様です。
大手都市銀行で優秀成績を上げていたTさんにとって、仕事の仕方は、優秀だと評価されていた時の方法が一番能率の上がる方法です。
しかし、中途入社した中小企業では、社長は超やり手ですが、仕組み無し・企画無し・優秀な部下無し。
夜8時、Tさんの自分の仕事時間が始まります。
そこからどんなにがんばっても2時間ほどで思考能力の限界がやってきます。
それ以上にがんばると次の日が10時出社の重役出勤になってしまいます。
しかもT部長は、社長をお客様にしてしまったのです。
Tさんは、このお客様に「ダメ!」を言うことができません。
「無理!」と言うこともできません。
大手都市銀行出身だから・能力がある人・優秀な人、とラベルを貼ってしまい
知らず知らずのうちに、無理させたなと社長は心を痛めています。
「本当に当社を大きくすることに貢献してくれて感謝してる」と話されました。
数週間の入院で回復したTさんですが、しばらくは自宅療養です。
中小企業は、少人数だから中小企業です。
ニッチな分野に、少人数ですが、全社員の気持ちとスピードをそろえて、攻め込む戦略が、中小企業とる戦略です。
飛び抜けた能力があっても、たった一人で戦っては、つぶれてしまいます。
「パートも正社員も皆で、もっともっと話をしていく体制を作りたい。」
社長さんは、自分に言い聞かせるように話しました。
中小企業には、自分の会社が好きで楽しんで仕事をする社員がやってきます。
社長が夢を語る。何よりも大事なことです。
その夢が、社長の下に集まった社員の気持ちとスピードをそろえていきます。